地獄の底でふたりきり
9.鎮守の沼にも蛇は棲むT
昔々あるところに、一人ぼっちの王様がおりました。
王様には何でも可能にする不思議な力がありましたが、不幸なことに、その力を褒めてくれるものは誰もいません。
孤独に暇を持て余していた王様は、気まぐれにも『世界』を創造することにしました。
土地を、空を、光を、たくさんの生き物を生み出し、何もなかったはずの世界は、王様の力のおかげで繁栄を迎えることになります。
生き物たちは王様を崇め、王様も生き物たちを愛していました。
しかし、それも一時のこと。
長い年月が経つと、生き物たちは王様を敬うことを忘れ、自らの種の繁栄や利権のためだけに、争いを始めてしまいました。
たくさんの命が失われ、数多の種が滅び、地上は血の色に染まってしまいました。
嘆き悲しんだ王様は、皆の意見を聞く場所が必要だと考え始めます。
そこで王様は、新たな場所を作りました。
生き物たちの長をその場に住まわせ、話し合いをさせようと考えたのです。
しかし、話し合いはなかなか上手くいきません。皆が皆、自分の意見こそが最も正しいものだと信じていたのです。
困った王様は、話し合いをまとめるためにすべての生き物の頂点に立つものが必要だと考えました。
そうして、王様は自分の姿を参考に、すべての生き物の長たるもの人間を生み出しました。
地上での繁栄を約束する代わりに、生き物たちの話をまとめること。
王様の要望に、人の長は同意しました。
生き物たちの長が要望を出し、人がその決定を王に伝え、最終的に王が采配を振るう。
議会が順調に機能し始めた頃、自分がいなくても大丈夫だろうと、王様はその体を数多の器に分けました。
その身のうちの一つだけを話し合いの場に残し、王様は世界に散り散りとなり、再び争いが起こらぬようにと地上を見守ることにしたのです。世界は王様に守られ、再び王様を崇め始めました。
やがて、話し合いの場に呼ばれたそれぞれの生き物の長たちは、地上のものたちから「守り神様」と呼ばれるようになります。
王様の力により守られた約束の地。
永遠の命をもったものたちが暮らす、悠久の園。
やがて、その場所は『楽園』と呼ばれるようになったのです。
* * * * *
男は、落ち着いた声で古い伝承を読み上げた。浮かぶのは凝り固まった無表情だが、その声は柔らかく、ただひたすらに妹への慈愛に満ちている。
ぱたりと両手で本を閉ざせば、心地よい紙の匂いが兄妹の鼻を掠めた。
腕の中に居座っている妹にせがまれ読み始めたはいいものの、朗読などあまりしたことがない。だが、こういうことは父の方が得意だと言っても、幼い少女は聞く耳を持たなかった。
「さいきんのおとうさまは、ちょっとその……めんどくさいんだもの」
そう言って無理やりアダムの部屋に転がり込んできたのが、つい半刻前のことだ。
長い間男所帯だった、というのもあるだろうが、父は少年の年の離れた妹であるこの少女を随分と可愛がっていた。
暇さえあれば付きまとい、執拗に世話を焼きたがる。
自我もあまりない赤子の頃ならいざ知らず、小さいながらも乙女心は複雑なものである。
少しばかり大人になった小さな姫君からすれば、最近そんな父の溺愛は鬱陶しいらしかった。
対する兄であるアダムは、父親ほどあからさまに妹を構うことはしなかった。
しなかったというよりも、執務に追われそこまで構う暇がなかった、という方が正しいのかもしれない。
父ほどではないが、アダムも暇さえあれば妹の相手をしてやるようには心がけてはいる。
そもそも、血を分けた相手、それも一回り以上歳下の妹が可愛くないわけがない。
妹なのだから、アダムと妹の容姿はそれなりに似ている。
少女の髪色は兄の赤を薄めたような赤茶色、目の色は違うとはいえ、目つきが少々鋭いところも十分似ていると言えるかもしれない。
だが、妹と兄の性格は正反対だ。
妹はくるくると表情がよく変わる。すぐ笑い、すぐ泣く。好奇心旺盛で、何より無鉄砲だ。
それは単に妹が兄より一回り以上歳下だからかもしれないが、寡黙な部類に入る兄とは見事なまでに真逆な性格で生まれてきてしまったものだ。
面白いくらいに正反対の妹は本当に見ていて飽きない。
父親から逃げる口実として使われるのに、これといって文句はない。
むしろアダムからすれば好都合であり、だからこそこうやってされるがままになっているのだが、そもそも「読み聞かせ」などしたことがない。
それなりに父から地上の書物を読み聞かせられている少女にしてみれば、不出来もいいところだっただろう。
そんなアダムの心配をよそに、ベッドの上、男の膝の上に抱きかかえられた少女は満足そうに頭上に見える兄へと視線を向けている。キラキラと夜空に輝く満天の星空のように輝く青い目はまっすぐに、本をベッドサイドのテーブルに置く兄の横顔を見つめていた。
「……アダムって、すごいひとだったのね」
それまで前かがみに本をのぞき込んでいた少女は、純粋に感心しきった様子でアダムの胸に小さな背を預けた。
動いた拍子に、少女の長い髪がわずかに顔にかかる。
それを払ってやりながら、アダムはおもむろに口を開いた。
「そうか?」
「うん、すごいわ。だって、アダムのおかげで、『せかい』っていうのは『へいわ』なんでしょう?」
「……お前、意味が分かって言っているのか?」
「それくらいわかるわよ! ばかにしないで!」
アダムのおせっかいに、少女は顔を真っ赤にして体を支えているアダムの腕を殴り始める。
痛くもかゆくもない少女の抵抗に、アダムは微かに頬を緩めた。
「分かった分かった。そうだな、そういうことにしておこう」
「……ぜったい、ばかにしてる」
「していない」
軽く引っ張れば、少女の頬は面白いくらいに伸びた。
同じ人間の皮膚とは到底思えない。自分もこのくらいの歳の頃は柔らかかったのだろうか。
それは少し気味が悪いなと辟易しつつも、しばしふにふにとつつき、妹の頬を弄ぶ。
「……アダムがいそがしいのはしってたけど、そんなにだいじなことをしてるなんて。……なんでおとうさまは、いままでおしえてくれなかったのかしら?」
アダムの手から逃れるように顔を逸らし、少女はふてくされた様子で呟いた。
代わりとばかりに、アダムは子猫にするように妹の頭を撫でてやる。不満げながらも、抵抗はされなかった。
「……ふたりとも、わたしをこどもあつかいして。アダムもアダムよ。もっとはやくおしえてくれてもよかったのに」
「言っても分からないと思っていた。……というか、実際お前は子供だろう」
そう言ってやれば、妹は言葉に詰まった。
予想通りの反応すぎて、逆に面白い。
「まあ、そうだな。もう少し大人になったら扱い方を変えてやらんでもない」
「いったわね」
「ああ」
しばしの沈黙が落ちる。
アダムはイヴのクセのない長い髪に指を通し、おもむろに指に巻きつけては離してみせた。
「……わたし、いつもおもっているんだけどね、アダムって、みためですっごくそんしてるとおもうの」
「どうして、そう思う?」
「だって、かおはこわいけど、ほんとはぜんぜんこわくないじゃない。なのに、みんな、アダムのことをこわいっていうのよ。……こんなにやさしいのにね」
みんな、アダムのことをよくしらないんだわ。
愚痴る妹は、抱きしめている男の本心など何も知らない。
髪をいじる指を止めれば、少女は愛らしく、上目遣いに首をかしげてみせた。
「アダム?」
「……お前がそう思っているうちは、まだまだ子供ということだ」
「いたっ」
軽く頭を小突いてやれば、少女は自身の頭を押さえながら、小さな声を上げる。
頭上のしたり顔を睨みつける青い目には、微かながら涙が滲んでいた。
「どういういみよ、それ」
「それくらい自分で考えろ。……というか、お前また勝手に出掛けたのか」
「ごめんなさい、ちょっとようじをおもいだし」
「イヴ」
とぼけた声を出し、腕の中から抜け出そうとする妹に対し、アダムは静かな怒りを向けた。
強まった拘束に、仕方なしにその場に留まることとなってしまったイヴは、あからさまに唇をとがらせ、あてつけのように短い足をバタつかせている。
イヴが足を動かすたび、フリルに彩られたドレスの裾が音を立て揺れた。
「いつも言っているだろう。勝手に外へ行くのはやめろ」
「だって、おとうさまはあそんでいいって」
舌打ちを一つこぼし、アダムは溜息を吐いた。
父親は、嫌になるほど妹に甘い。イヴに関してはアダムも人のことは言えないのだが、父の場合妹に関することだけではないのが問題だ。
いつもいつも、根本的にツメが甘いのだ。
ヘラヘラ笑って何でも許してしまう。
王と崇められるものとしての自覚が足りないのではないだろうかと、父親の存在はアダムにとって常に頭痛の種であった。
王がきっちりしめるべきところでしめないせいで、アダムの仕事は増している。
事後処理に追われるこっちの身にもなってもらいたいところだ。
「……アダムは『みがって』よ。みんなが『らんぼー』だったのは、わたしがうまれるずーっとずーっとまえ、なんでしょう? いまはとってもやさしいんだから。それに、みんなとってもよくしてくれるし」
「都合のいい解釈をするんじゃない。俺が何のためにこの話を選んだと思っている」
卓上に置いた本の表紙を数度叩きながら、言外に関わるのをやめろと訴えれば、イヴは頬を膨らませそっぽを向いた。
イヴ曰く「優しくて良くしてくれる」らしい守り神の連中は、場をまとめるアダムからすればちっとも優しくも何ともない。
大人しくなろうとも、連中はいつも自分の種の利権しか考えていない、獰猛な獣以外の何ものでもない。
不便だからとアダムやイヴと同じ姿をとってはいるが、その本性は人ならざるものなのだ。
人と獣では、決して分かり合えない。
そのことを、イヴは分かっているのだろうか。
「人の皮を被っていたとしても、奴らの本性は獣だ。粗野で、狡猾で、この上なく自己中心的で、楽園が出来る前と何も変わっていない。……いいか、姿形に騙されて、痛い目を見るのはお前の方なんだぞ。何か間違いが起こってからでは遅いんだ。分かったなら、勝手に一人で外へ行くのはやめろ」
「……わたし、アダムのそういうところ、きらい」
下を向き、イヴは動きを止めた。
はらりと落ちた長い髪が揺れる。
頭上から、イヴの表情を伺うことは出来ない。
ただ、ふてくされたように頬が膨らんでいることだけが確認出来た。
「あのな。……嫌がらせをしたくて言っているわけじゃないことは、お前だって分かっているだろう?」
許しを請うように、イヴの顔を覗き込もうとする。
アダムを見てくれる様子はない。
頬を膨らませたまま、イヴは完全にヘソを曲げてしまっていた。
しばし、沈黙が続く。その間イヴは一切アダムに顔を見せようとしなかった。
「イヴ」
慈悲を求め名を呼んだところで、ぴくりとも小さな肩が揺れることはない。
こうなってしまっては、イヴはテコでも動かない。
深く溜息を吐き、アダムはイヴの下腹部に回していた両腕を退けた。
「……分かった。俺の負けだ。好きにすればいい」
「ほんとう!?」
目を輝かせ、イヴはアダムの膝から飛び降りる。
その場でくるくると青いワンピースの裾を翻し回ってみせ、打って変わって笑顔を浮かべ、小さく声を上げるイヴを咎めるように、アダムは厳しい顔をする。
「ただし」
イヴがぴたりと動きを止めた。しゅんと花が枯れるように、広がったスカートの裾がしぼんでいく。ひゅうと、アダムの顔を見たまま固まったイヴの喉から、息を吸う音が聞こえてきた。
「知恵の木にだけは近付くなよ。そこだけは譲れないからな」
「なーんだ! だいじょうぶ! それくらいわかっているわよ!」
「……本当に分かっているんだろうな」
「わかってるわかってるー!」
イヴ曰く「優しい」ものたちから鬼と評される強面で凄んで見せたところで、イヴはどこ吹く風だ。調子付き、再度その場で両手を広げ、楽しげに回ってみせる無邪気な妹は、兄が決して万人に対して甘いというわけではないことなど知りもしない。
疑うことを知らない幼さゆえに、その無表情の裏で妹の言動に一喜一憂していることにも気付かず、一身に向けられている偏愛の情でさえ、博愛であると信じきっているのだ。
何一つ穢れなど知らず、兄の嘘に騙され、はりぼて作りの世界で生きている愚かな生き物。
そんな妹が、アダムはただただ愛おしくて仕方がなかった。
願わくば、何も知らぬ今この瞬間のまま、イヴの時を止めてしまいたいほどに。
だが、イヴとていつまでも子供ではない。いつかは真実に気付くときが来るだろう。
その時、この小さな暴君は兄のことをどう思うのだろうか。
物思いに耽っていると、膝の上に不意に重量を感じた。
顔を上げれば、男のももの上で膝立ちになり、アダムの頬を引っ張るイヴの顔があった。
純粋な疑問をそのかんばせに浮かべ、小さな妹は無防備にも、ひるむことなく鬼へと顔を近付けてくる。
今のこの行動とて、冷酷な為政者ではなく、優しい理想の兄の側面しか知らないこその暴挙でもあった。
「だいじょうぶ? ……なにか、むずかしいことかんがえてる?」
「大したことじゃない」
ぱしりと、軽い力でイヴの腕を振り払う。
イヴの顔を見ていると、悩んでいたことすらも馬鹿馬鹿しくなってきた。
油断しきっているイヴの腰を掴み、そのまま後ろへ倒れこめば、イヴは面白いほどに目を見開き、アダムの胸の上に倒れこんだままその動きを止めた。
耳をすませば、イヴの鼓動が早まっているのが伝わってくる。
声を押し殺し笑ってやれば、イヴは慌てたようにアダムの胸に両手をつき、体を起こした。
体の上に馬乗りになられたところで、幼子の体重では痛くもかゆくもないのだが。
「や、やめてよ! きゅうにそういうことするの! し、『しんぞー』がとまっちゃうじゃない!!」
「仕方がないだろう。お前を見ていると、無性にからかいたくなるんだ」
ばんばんと小さな手で必死にアダムの胸板を叩き、肩を震わせ顔を真っ赤に染めるイヴに、今度は我慢しきれず、アダムは声を上げ笑う。
きゃんきゃんと子犬のように吠える少女が、愛らしくて仕方がなかった。
「ひどい! そういうの、『りふじん』っていうんだから!!」
「そうだな、俺は理不尽なんだ。そういうわけで、諦めてくれ」
「……おもしろくない」
「そうか? 俺は楽しい」
「……あくしゅみ」
「かもしれんな」
忍び笑いを一つこぼす。
頭上に見えるイヴの頬に手を伸ばし、そっと触れてみた。
眼下の眼差しを恨めしげに睨みつけながらも、イヴは兄なりの愛情表現を振り払うことはしなかった。アダムの胸を殴りつける腕を止め、むず痒そうに口をもごもごとさせている。
それでもアダムの上から退こうとしないのは、イヴなりの意地なのだろう。
窓から差し込む柔らかな陽の光だけが、イヴの顔を照らし出していた。
「ねえ、アダム」
「なんだ?」
「みんな、『ちえのき』にはちかづくなーっていうけど、いったいなにがあるっていうの? ……わたしには、ただのおおきなきにしかみえないんだけど」
イヴからしてみれば、『知恵の木』と呼ばれ、嫌煙される巨木は、ただの丘の上に茂るだけの巨大な木、以外の何物でもない。
そこまで警戒するものではないだろうに、どうして頑なに近付くことを禁じられているのか。
これまでは兄や父、周囲の言うことは何でも鵜呑みにしていたが、イヴも疑うということを覚えつつあった。
深く溜息を吐き、アダムは口を開く。
「……知恵の木には、おぞましい悪魔が住んでいる」
言ったところでその意味を理解出来はしないだろう。
イヴに、というよりは自分に言い聞かせるよう呟きをこぼし、アダムはそっと瞼を閉ざした。
知恵の木には、悪魔が住んでいる。
「狡猾」を体現したかのような、アダムからすれば邪悪の化身のような存在が。
「『お、ぞましい』?『あくま』……? なに、それ?」
「こっちの話だ。気にするな」
瞼の向こう、イヴが身を乗り出す気配がした。
「きにするなっていわれても」
「とにかく知恵の木には近付くな。あそこは危ないんだ。お前みたいな子供が行っていい場所じゃない。……分かったな?」
返事はない。
「イヴ、返事は」
「……わかった」
きつく睨みあげれば、渋々ながらもイヴは頷きを返す。
軽く頭を撫でてやれば、イヴは何か言い返そうと開いたであろう口を、おとなしくつぐんで見せた。
約束させたアダムとて、分かってもらえるとは思っていない。
文句があるだろうことは重々承知している。
しかし獣の恐ろしさを知るには、イヴはまだ幼すぎる。
だからこそ、痛い目を見る前にアダムが牽制してやらねばならない。何かあってから、では遅いのだ。
大事な大事な『花嫁』に、傷を付けられてはたまったものではない。
「イヴーー! どうしてお父様から逃げるんだい!?」
「げっ」
扉の外から聞こえた声にまずいと表情を硬直させ、イヴは扉を凝視したまま固まった。咄嗟にアダムの上から飛び降り、ベッドの下に隠れようとするも、声の主の方が早かった。
父親に抱き上げられ、止める暇なく部屋の外へ連行されていくイヴを冷めた目で見送る。
二人が去ってから、アダムは深く溜息を吐いた。
父と妹がいなくなれば、部屋は途端静寂に満たされる。
おもむろにベッドから腰を上げ、アダムは窓へと歩み寄った。
楽園の中央に佇む小さな屋敷の、二階の隅。そこに、アダムの部屋はあった。
アダムの部屋からは、楽園の様子が良く見える。
陽の光が降り注ぐ、悠久の園。
地上ではそんな風に形容されるこの地にも、邪悪は存在している。
アダムがいくら邪悪を遠ざけようとしたところで、『優しい』長たちはイヴに余計なことを吹き込んでしまう。
執務机の上に目を向ければ、嘆願書の山が飛び込んできた。
どれもこれも、文面は違えど内容は同じ。自分たちの種の安寧を願うものばかりだ。しかも、年々要求はエスカレートしている。
身勝手で、傲慢。
利己的で、与えられる幸福を当然のものと思い込み、感謝に乏しく、敬うことを知らず、欲望に忠実で、自分こそが世界の中心であるかのように思い込んでいる。
「……だから、獣は嫌いなんだ」
為政者としてあってはならない差別的な言葉を平然と吐き捨て、アダムは机の上に載せられていた書類の山を思い切り崩し捨てた。
その瞳の奥にこそ邪な情が宿っていることなど知らぬまま、アダムは窓の外に見える妹の影を追う。
傍に、王の姿は見えない。どうやったのかは知らないが、上手く巻いたらしい。
イヴを見ているだけで、不思議と苛立ちは治っていく。
意識せずとも、視線はイヴの姿を追い続けていた。
どうか、どうか健やかに。
穢れなど知らず、無垢なままであるように。
鬼と蔑まれる男は、ただただそんなことだけを願い続けていた。
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